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書の道

数日前に書いたが、「朱の会」の作品展に行った。今回のテーマは「道」。どなたも道にまつわる言葉。写真は会の末席でありながらも、その熱心な態度を評価された弊社ヒライシとカワカツの作品。ヒライシ「石畳」。カワカツ「散歩」。

書と言えば、私の伯父も会社を経営するかたわら書をたしなむ人物で、引退後は蔵の二階で書道塾を開いていた。伯父への贈り物として伯母が作品を一冊にまとめた本を見て、初めて伯父に興味を抱き(本になった作品を見るまで無関心であったことは問題である)私も伯父に書を習いたいと申し出たが「オマエは絵を描いていろ」と断られた。同じだからどちらかにしろ、と。その時は断られたという事実に傷ついたが、「朱の会」の自由な自己表現(とは言っても、閑先生のご指導は厳しくきちんとしてらっしゃると聞く。ただの好き勝手では当然上質の作品にはならない)を拝見しつつ、いまさらではあるが伯父の言葉を理解した。子供の頃通っていた書道塾は「手本通りに書くのが書道、行き着く先がつまらなそう」と、中学生に成る時やめてしまったし、そんな訳で二十歳を越えては伯父に断られたし、のし袋は筆ペン書くしで、いま墨を摺ることもないのだが、作品を拝見しながら思う。やはり書は好(よ)い。手本とは姿勢のことであった、と。

 



ヒライシの石畳は大きく、日常のそれではなく旅先のではないかと感じる。
横位置なので外国に行きたいなぁ、などと思いながら書いたのかも。



カワカツの歩みはほほ笑んでいる。
感じるのは、誰も振り返らないものや物事に視線を投げ意見を持つ彼女ならではのユニークな歩幅。


昼休みのほんのひととき、決して広くはないギャラリーを一巡しただけで、たくさんの散歩をさせていただいた。その道は私の気持ちの中で書の数よりも多くあちこちへと伸びていった。広々としていたり、小さく可憐であったり。様々な風景がとても愉しかった。

 

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