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遺跡

今年の初めにロンドン、イタリア、ポルトガルと回り、歴史あるものをたくさん訪ねることができた。ミラノからヴェネツィアに移動する日の朝に、日本で大地震が起こったことを知り、イタリアの歴史と文化を訪ねる旅は元々巡礼のようなものだった、と心に憶えた。ものの数時間でさらわれてしまう街もあれば、時を越えてその地に彼方まで残り息づくものもある。果たしてその違いとはいったいなんなのか。マルコポーロの家が残るヴェネツィアで深く考えてはわからず、ひとり首を横に振った。

人知及ばぬものとは戦えぬ。歴史という言葉が人だけのものではなく、森羅万象、そのすべてのものであるのならば、戦いではなく共存の道しか残されてはいない。

レオナルド・ダ・ヴィンチの描いた「最後の晩餐」を、ミラノで予約もなしに拝顔賜われたのは、幸いという言葉よりももっと深く大きく多くの意味を、私と息子が学ぶ機会であったようだ。あの画の修復を請け負った修復家の女性が今夜テレビに出ていた。名前を書き留めることも忘れ、画面に吸い込まれた。

「修復とは書き直すのではない。修復とは保存なのだ」「修復家は手術をする医者なのだ」

食卓に置かれた銀の食器に、弟子達の服の色が映りこんでいる。キリストの唇は閉じてはおらず、何かを語っていた。私は自分の目でそれを見た。聞こえない言葉が身体に残る。もうこの画を見る前と見た後では確実に何か変わってしまったとわかる。崩壊すれすれの教会の食堂に、この画が残り、現在もまだその色を、いや、修復家の手によって遥か遠く過ぎ去った時間を遡るこの画は、ただの画だろうか?タイムマシーンだろうか?

タイムマシーン。私のイメージでのそれは、乗リ物ではなく、大きな時の湖だ。湖の底に眠る無限の時間の中からふと何かが現在という湖面に浮いてくる。私たちは湖面にて、時との対面を果たすのだ。

では未来は?

未来もまた湖だ。ただ、その深さの中に沈んでいる。そしてそれは、浮かび上がってはこない。沈んだままだ。私たちは潜らなければならない。

そう。待っていても未来は浮かんではこないだろう。私たちから行かなければ。先の時間など、いつもこの一瞬の後にある。常に今一瞬の先の一瞬。ここは未来だ。

ところで、「旅が必要だ」と一昨日私に気づかせてくれた人がいた。時間的に明日、規則行動的には明後日(起きているうちはまだ今日なので)、ニューヨークに行く。土曜にランチを食べに来た同じ歳の友人に、で、ニューヨークに行くわ、と言ったそばから思い出す。つい数ヶ月前、彼女が遺跡を訪ねたことを。「ねぇねぇどうだったの?」「行けてよかったよ」と彼女は言った。「行って」ではなく「行けて」と。

お金と時間があったとしても、この星のすべてを訪ねる事はできない。いつか地球という星から自分が消えて、いったい何が残るのかはわからない。だから今残っているものだけでも、たくさん見たい。

行き先をニューヨークにしたのは、ひとりが嫌だったからだ。でも今、ふと思っている。そこに未来はあるのかな?と。ひとりが嫌だ、ひとりが怖い、と思い続けているだけなんじゃないのかな。ひとりで湖に潜ってみたら、金銀財宝が湖底で私を待っているかもしれないじゃないか。

なぁんてね。

友だちの見た風景に過去と未来の凄さを見て、そして私と息子が「行けた」ミラノ、サンタマリアデッレグラツィエ教会。そこに堂々存在する過去から未来への「最後の晩餐」を思い出し、こんな日記となってしまった。

夜の原稿は朝の読み直し必須。でも今夜はこのままあげてしまいます。お酒を一滴も飲んでいないのと、こんな風に指先から文章がこぼれてきたのは、そうとうに久しぶりのことなので。



友人が今回訪れたところ。ストーンヘンジ(Stonehenge)

 

 



そして、トー(Tor)。パワースポットには詳しくないのですが、間違いなく何かが凄い。

(写真お借りします。事後報告ですみません)

 

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