Feed on
Posts

将門の里

母が残した別荘の地を、ざっくりと「秩父」と呼んでいるが、そこは秩父郡皆野町というところで「秩父市」ではない。「母の家」とか「秩父の家」とか、適当に呼ぶので、「母の実家」とか「出身地」などと間違われるが、母の実家は杉並区阿佐ヶ谷(もうないが)で、私の実家は埼玉県飯能市(やはり、もうないが)である。

別荘地は「将門の里」と名付けられている。平将門が城を築こうとしただとか、敗走しただとか、将門伝説の残るところである。山の天辺にほど近く、水道がないため山の水をひいている。向かう道すがら「今日、水はでるかなぁ・・・」と常に不安になるし、現在低水圧のためボイラーが着火しないというトラブルもかかえている。人の住まない家は老朽化が著しいというし、母の愛した場所だから「行かなきゃ、行かなきゃ」と心の隅っこでいつも小人が慌てふためいており、「ぶっちゃけ重荷ー!」と愚痴る私を知る人も少なくない。

そんな秩父の家で、なんと兄が暮らしてくれることとなった。熊に注意、マムシに注意、イノシシに注意、と笑顔ひきつる立て看板をいくつも越えてたどり着く場所になど、住みたいわけもなかろう。身上(しんしょう)つぶしただけでなく、いまだ無職で妹の送金に頼る兄の、両親と妹への償いと愛のカタチだと思い、感謝を持って受け止めさせていただくことにした。

引っ越しの日、引っ越し屋のトラックを追い、兄を乗せて走る車の中、兄の言葉に祖母や両親の優しさがかぶってくる。「知代は我がままで可愛い」「知ちゃんの我がままは天下一品」と誉め(?)られてしまったがゆえのしょーもない私が、孤独を感じず健康で日々生きていることだけで幸せなのに、まさか隅っこ小人が出家する日がくるなんて・・・兄よ、なんだかありがとう!

兄は山で畑をやると言っている。ボンボンだから、どうなることかわからない。がしかし、とにかく、よかった。母は兄をとても可愛がっていたから、何よりの供養だ。草にまみれ、庭に出る道さえわからない敷地の中で、大きな植木鋏をふるって木々の枝々を切った。庭に下りる道が母が生きていた頃と同じようによみがえる。「おにいちゃーん!おにいちゃぁーーーん!」と大声で兄を呼ぶ。「道ができたよ!来てきてーーー!」。幼い頃、兄を追って走って転んで「おにいちゃーん!」と泣きながら叫んだ。おいてきぼりにされて悔しくて、おばぁちゃんの前掛けに顔を埋め泣きじゃくった。ウケる。こんな風にまた大声で兄を呼ぶなんて。笑

少女の私を蘇らせた山の木々も、作業を労う美味しい山の水も、お金では買えない。「(ここでの暮らしって)実はすごく贅沢なんじゃないの?ねぇ、お兄ちゃん!」。そう言うと「そうだね。ありがとう」と兄は答えた。どうかここに来たおかげで兄が長生きできますように。だって私の家やお金を兄にあげるとき、ごめんと言って泣く兄に「私より先に死なないなら許す!」と私はいい、「わかった!」と兄は言ったのだ。「パンクロックは優しい」の例えばの物語、である。これからはちょくちょく山に行こう。「山菜のパスタとか?」作ると兄は言っていたし。



家の存在を隠し守るかのように、山の木々は自由に伸びまくる。



庭への道を蘇らせるため、楓の枝を大きく切った。美しい緑。持ち帰り山の水に刺した。



母の真似をして野花も持ち帰った。庭に咲いていた花と兄が見つけた面白い葉。とっくりは福光屋のもの。ふっくらとした身体、かしげた首の雀が、野花の語る山の話を聞いている。



先週末、友人の誕生日を祝い、鬼怒川温泉に行った。やけに目にとまったので購入した益子焼の一輪挿し。帰宅時にはぐったりとしおれていた野花が、山の水ですぐにピンと背筋を伸ばした。その様は可愛いよりも凛々しく、ものは言わぬが哲学を見てとれる。

Comments are closed.