<これまでのお話>5年間一緒に暮らした恋人が7月に九州の実家に戻った。迷いの中にいたのだろう、そのひと月前には、心中明らかにせずサンフランシスコにひと月・・・それは私の誕生日月でもあった。私の大好きなアイスクリームで冷凍庫を一杯にして、彼は生まれた街へ帰っていった。私は新しく始めた事業(レストラン)に集中すべきとの判断で日々を過ごし、幸いにもそれほど彼不在の日々に落ち込んでもいなかった・・・。
*
その女性は花音(カノン)さん。クリエイターとしての私の仕事を陰ながら見てくれていた。会うのは今日が初めて。Twitterから「この人(私)の綴る言葉が好きだ」とつぶやいてくれた。感謝を込めて私もフォローさせてもらったのはいつだったか・・・。そんな花音さんが上京ついでに私のレストランに来てくださるとTwitter経由で連絡をくれた。
「お返事いただけるとは思いませんでした」
花音さんは店の一番奥のソファでダッチベイビーを食べながら、「私と今会っていることが現実的ではない」と大層喜んでくれた。録音したばかりのCD(花音さんはピアニストで作曲家)と「うちのほうでは有名な」お菓子をいただいた。
「どちらにお泊りなんですか?」
私は聞いた。
「横浜です。彼のところです」
日本が島国であることを思う。私や花音さんの彼の住むこの島と、花音さんの住む島の間には海がある。
「遠距離恋愛、ということですか?」
「はい」
花音さんはくるんとした瞳に笑みを湛えていた。そしてこう続けた。
「私もかつては東京にいたんですが、今いる街が好きなんです」
冷凍庫のアイスクリームもなくなって、思えばもう夏も終わる。「車を買ったから、こっちに来てみないか?案内するよ」と彼が電話で言ってきたのは、花音さんがこちらに来るとメッセージをくれた一週間ほど前だった。彼と私の(毎日ではないが)電話とメールの内容はと言えば、息子の芝居の出来映えや評判、店の様子、私の健康状態、等々。それは出張先のお父さんのようなもの。会う、会わない、会いたい、というような話はほとんどしない。が、私が自信喪失しかけて泣きつけば、私は私を信じていい、と励ましてくれる。いまの関係が恋人のままなのか、もう違うのか、私にはわからないし、それを彼に聞いたところで、意味もない。私たちがお互いを思う時の感情を、お互いになんと呼ぶかでしかないのだから。
(彼に会う?)とても会いたいがとても迷っていた。休みはとった。後は本当に行くかどうかだ。
「私もかつては東京にいたんですが、いまいる街が好きです」=「君とはいたい。でもここにはもういられないんだ」
花音さんの言葉と彼の言葉が心の中でかさなっていく。
「淋しくはないですか?」=「淋しくはないの?私は淋しい」
なぜかと言えば、花音さんの住む街は、彼と同じ島の同じ県。
「彼も音楽を創っているので・・・。一緒です」=「君はひとりじゃないよ」
彼に会いにいくか迷う私の元に、突然現れた花音さん。
神のメッセージは時にこうして人によって届く。鈍感な者の恋心など、文字にはできるが言葉ですらない。あえてそうあろうとした私に、花音さんの創った曲が目覚めよと語る。ぐるぐると私の周りで踊る小さな妖精。花音さんのように前髪を可愛く揃え、小さな身体全部ではしゃぎながら私にぶつかってくる。運命は不思議で音楽は凄い。花音さんと花音さんの曲。
「(今回東京には)新幹線できましたよ」
帰りの飛行機がとれないと、理由をつけて留まろうともした。目一杯頑張ってくれてるスタッフの手前、休みは取れない、と自分に言い訳もしてみた。でもやっぱり行ってみよう。私が生まれた街を彼が見たいと言ってくれた日、とても嬉しかったから。
サヨナラノカワリニ(2)
9月 10th, 2013 by Linda